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福岡地方裁判所 平成7年(行ウ)13号 判決 1998年9月28日

福岡県浮羽郡田主丸町地徳二一三四番地

原告

中村勝也

右訴訟代理人弁護士

馬奈木昭雄

内田省司

高橋謙一

福岡県久留米市諏訪野町二四〇一番地

被告

久留米税務署長

城嘉志男

右訴訟代理人弁護士

浅野秀樹

右指定代理人

岩本隆志

内野清久

和多範明

山崎元

森本凡

坪根弘

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成五年三月二日付けでした平成元年分、平成二年分及び平成三年分の所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、植木卸売業を営む原告が、被告に対し、被告が原告に対して平成五年三月二日付けでした原告に対する平成元年分、平成二年分及び平成三年分の所得税についての推計による各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(平成元年分及び平成二年分については異議決定及び審査裁決によりいずれも一部取り消された後のもの、平成三年分については審査裁決により一部取り消された後のもの)の取消しを求める事案である。

被告は、原告に対する推計課税の必要性及びその推計方法の合理性を主張し、これに対し、原告は、被告の調査手続の違法性を主張するとともに、推計課税の必要性及び合理性を争っている。

二  争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実

1  原告は、植木卸売業(生産販売を含む。)を営む個人で、いわゆる白色申告者である。

2  手続きの経緯について

(一) 原告は、平成元年分、平成二年分及び平成三年分(以下「各年分」という。)の各所得税の確定申告書に、次のとおり記載して、それぞれの法定申告期限までに被告に提出した。

(1) 平成元年分 事業所得の金額 五〇三万〇四三三円

納付すべき税額 三一万八八〇〇円

(2) 平成二年分 事業所得の金額 四四五万一〇〇〇円

納付すべき税額 二五万五四〇〇円

(3) 平成三年分 事業所得の金額 一五八万円

納付すべき税額 四万七八〇〇円

(二) 被告は、原告に対し、平成五年三月二日付けで、各年分の所得税について、次のとおりの更正処分(以下「原更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「原賦課決定処分」という。なお、以下では、原賦課決定処分をあわせて「原処分」ということがある。)を行った。

(1) 平成元年分 事業所得の金額 一二〇四万六六一八円

納付すべき税額 二一四万四〇〇〇円

過少申告加算税の額 二四万八〇〇〇円

(2) 平成二年分 事業所得の金額 九六六万六七一二円

納付すべき税額 一四三万〇七〇〇円

過少申告加算税の額 一五万〇五〇〇円

(3) 平成三年分 事業所得の金額 六一四万〇二〇二円

納付すべき税額 七〇万七六〇〇円

過少申告加算税の額 七万二五〇〇円

(三) 平成五年四月二七日、原告は原処分に対する異議申立てを行い、異議審理庁は、同年七月二三日付けで、原処分のうち平成元年分及び平成二年分について、事業所得金額、納付すべき税額及び過少申告加算税額を次のとおりとし、右の納付すべき税額を超える部分の原更正処分及び右の過少申告加算税額を超える部分の原賦課決定処分をそれぞれ取り消す旨の決定を行い、平成三年分については、異議申立てを棄却する旨の決定を行った。

(1) 平成元年分 事業所得の金額 一一八六万八〇二二円

納付すべき税額 二〇七万九六〇〇円

過少申告加算税の額 二三万九〇〇〇円

(2) 平成二年分 事業所得の金額 八〇七万一三九六円

納付すべき税額 九五万二二〇〇円

過少申告加算税の額 七万八五〇〇円

(四) 平成五年八月九日、原告は審査請求を行い、国税不服審判所長は、平成七年三月一七日付けで、各年分について、事業所得金額、納付すべき税額及び過少申告加算額を次のとおりとし、各年分の異議決定を経た後の原処分について、右の納付すべき税額を超える部分の原更正処分及び右の過少申告加算税額を超える部分の原賦課決定処分をそれぞれ取り消す旨の裁決をした。

(以下では、右裁決による一部取消し後の各原更正処分を「本件更正処分」といい、右裁決による一部取消し後の各原賦課決定処分を「本件賦課決定処分」という。)

(1) 平成元年分 事業所得の金額 五五九万〇二七〇円

納付すべき税額 四三万〇八〇〇円

過少申告加算税の額 一万一〇〇〇円

(2) 平成二年分 事業所得の金額 六八七万一五六七円

納付すべき税額 六九万四八〇〇円

過少申告加算税の額 四万三〇〇〇円

(3) 平成三年分 事業所得の金額 四三八万二八四八円

納付すべき税額 三五万六二〇〇円

過少申告加算税の額 三万円

(五) 原告は、平成七年六月一六日、本件告訴を提起した。

3  被告による調査の経緯について

(一) 被告は、久留米税務署に勤務する神川雅彦事務官(以下「神川事務官」という。)に、原告の各年分の所得税についての調査を実施させた。

(二) 平成四年九月一四日、同事務官は、調査の日程を打ち合わせる目的で原告に電話し、原告から同月一六日の調査の了承を受けた。

(三) 同事務官は、調査のため福岡県浮羽郡田主丸町地徳二一三四番地の原告宅を、同月一六日及び同年一〇月一日に訪れ、同月二八日、同事務官の上司である統括官が原告宅を訪れた。

(四) 同年一一月九日、同事務官は、上司である上席調査官と共に原告宅を訪れ、原告から家族名義等の一二口の預金証書の提示を受けた(乙七)。

(五) 同月一三日、一八日及び平成五年二月四日、同事務官は上司である統括官と共に原告宅を訪れた(乙七)。

4  総収入金額及び事業専従者控除額について

(一) 別表二記載(ただし、安倍典男に関する部分については争いがある。)の売上げは、原告の売上げであり、収入金額に含まれる。

(二) 原告の長男の中村繁は、各年分を通じて原告の事業専従者に該当し、原告の妻の中村チカエは、平成三年分のみ原告の事業専従者に該当するので、原告の各年分の事業専従者控除額は、別表一<4>記載のとおりである。

原告には、事業所得以外に所得はない。

三  争点

1  調査手続の違法性及び推計の必要性について

(一) 被告の主張

原告の仕入れ及び必要経費の額については、その決済がほとんど現金で行われていたため、被告は、取引先及び実額による取引金額を把握することができず、それらを把握するためには、原告からの帳簿書類の提示が必要であったが、次のとおり、原告が必要な帳簿書類の提示をしなかったため、被告において所得金額を算出することができなかったのであり、被告が当初から右の点の調査をしなかったわけではなく、被告の調査手続に違法な点はなかった。

そして、次のとおり、原告は被告による調査に対して非協力かつ不誠実な態度に終始しており、原告の所得金額算出のためには推計によるほかなかった。

(1) 平成四年九月一六日、神川事務官が調査のため、原告宅を訪れ、原告に対し帳簿書類の提示を求めたところ、原告は「帳簿はつけていないし、申告のためのメモも申告が終わったら破棄した。」などと発言し、預金通帳一口を提示しただけであって、帳簿書類の提示を一切しなかった。

(2) 同年一〇月一日、同事務官が原告宅を訪れ、原告に対し帳簿書類の提示を求めたが、原告は「もうあんたとは応対せん。」「勝手にしろ。」などと発言し、調査に協力しようとはしなかった。

(3) 同年一一月九日、同事務官が上司である上席調査官と共に原告宅を訪れ、原告から家族名義等の一二口の預金証書の提示を受けた際、原告に対し、定期預金の資金源について尋ねても、原告は、はっきりした説明をせず、資料の提示もしなかった。

(4) 同月一三日、同事務官が上司である統括官と共に原告宅を訪れ、原告に対し、所得率検討のため進行年分の原始記録の提示を求めたところ、原告は「決済が終わった時点で処分している。」と答えるだけで、業態についての詳しい説明をしなかった。

(5) 同月一八日、同事務官が上司である統括官と共に原告宅を訪れ、原告に対し、収入金額を基に類似同業者の所得率を適用して算出した所得金額を説明したところ、原告は「自分のところは所得率はそんなに高くない。」と発言し、一部具体的な業態の説明らしきものをしたものの、資料等の説明を全くしなかった。

(6) 平成五年二月四日、同事務官が上司である統括官と共に原告宅を訪れ、原告に対し類似同業者の所得を見直した結果について説明したところ原告は「所得率はそんなに高くない。修正申告はしない。」と述べるだけで、何ら資料等の提示をしなかった。

(7) 同月二二日、原告から被告に対して、仕入先八件の取引証明書が提示されたが、数量的にみても金額的にも所得率算定の根拠となるものではなかった。

(二) 原告の主張

(1) 神川事務官は、原告が提示した売上げ及び仕入れに係る取引先の証明書を無視し、売上げのみを調査し、仕入れについては全く調査しておらず、同事務官が原告宅をはじめて訪れた平成四年九月一六日以前に被告は原告の金融機関を調査した上、あらかじめ原告が修正申告すべき金額を決めて原告の調査に臨んでいたから、右手続は違法であった。

(2) 被告の調査に対して、原告は、審査請求の段階で被告が主張していたように必要な帳簿を廃棄したと述べたことはなく、同事務官に対し、仕入れ及び売上げのメモと判取帳、領収書等を提示し、預貯金についても、取引先銀行は福岡銀行田主丸支店及び西日本銀行吉井支店であり、調査してもらってもかまわないと述べた。

したがって、推計課税の必要性はなかった。

2  推計の合理性について

(一) 被告の主張

被告は、原告の各年分の事業所得の算定に当たり、次のとおり、実額で把握した総収入金額に類似同業者の平均所得率を適用して、事業専従者控除額控除前の所得金額を推計し、事業専従者控除を行い、事業所得金額を算出した。

所得税法一五六条は、税務署長が実際に調査をしても納税義務者の収入及び支出の状況を直接資料に基づいて正確に把握するのが困難な場合に推計を基にした更正又は決定を適法とするのであるから、その場に許容される所得額算定方法としての推計方法は、納税義務者間の公平、限られた資料や時間の制約、税務署長等の調査能力に照らし、社会通念上も合理的であると認められるものであれば足り、以下の推計方法は合理的と認められる。

原告には、事業所得以外に所得はないので、以下の推計により算出された右事業所得金額が総所得金額となるが、右金額は前記第二・二2(四)の本件更正処分の事業所得の金額と同額であるから、本件更正処分及び本件賦課決定処分は適法である。

(なお、本訴の審判の対象は、課税処分によって確定された税額の適否であり、被告は、本訴において、原更正処分時に考慮された事由に拘束されることなく、新たな事実を主張することができるから、本件で問題となるのは、被告が本訴において主張する推計方法の合理性であり、原更正処分時の推計方法の合理性ではない。)

(1) 総収入金額について

推計のための原告の各年分の総収入金額は、別表二記載のとおりである。

(2) 第一回目の類似同業者抽出基準について

被告は、類似同業者を抽出するために、所得税の確定申告書を提出している者のうち、次のすべてに該当する者という基準を設定して、原告の事業所を所管する久留米及びその近隣の八女、甘木、大川、鳥栖の各税務署長らに対し、福岡国税局長からの通達を送付して類似同業者の回答を求めたところ、該当する同業者はいないとの報告を受けた。

ア 植木販売業を営んでいる者(業種・業態)

ただし、次に掲げる者を除く。

a 主として一般消費者への販売を行っている者

b 造園工事を行っている者

c 主として生産販売を行っている者

イ 久留米税務署管内に事業所を有する者

ウ 青色申告書を提出している者

エ 平成元年一月から平成三年一二月までの三年間を通じて前記アの事業を継続して営んでいる者

オ 各年分の売上金額が、いずれも次の範囲(原告の売上金額の二分の一以上二倍以下)内にある者(倍半基準)

a 平成元年分については、四三二八万円以上一億七三一五万円以下

b 平成二年分については、三〇五八万円以上一億二二三五万円以下

c 平成三年分については、二三五五万円以上九四二一万円以下

カ 次のa及びbのいずれにも該当しない者

a 災害等により経営状態が異常であると認められる者

b 不服申立て又は訴訟係属中である者

(3) 第二回目の類似同業者抽出基準について

被告は、前記(2)のとおり、類似同業者を把握することができなかったことから、右の抽出基準オを次のとおり変更して、再度類似同業者の選定を行った結果、該当する類似同業者を平成元年分については二名、平成二年及び三年分については四名把握することができた。

オ 各年分の売上金額が、次のいずれかの範囲内にある者

a 平成元年分については、四三二八万円以上一億円七三一五万円以下

b 平成二年分については、三〇五八万円以上一億二二三五万円以下

c 平成三年分については、二三五五万円以上九四二一万円以下

(4) 事業所得金額の算定について

前記(3)により、抽出した類似同業者の各年分の売上金額、調整済所得金額(前記二4(二)のとおり、原告の場合、平成元年分及び平成二年分においては、専従者が一名であり、平成三年分においては、専従者が二名であることに鑑み、平成元年分及び平成二年分において類似同業者に専従者が二名以上いる場合は控除する専従者はそのうち一名のみとし、平成三年分において類似同業者に専従者が三名以上いる場合は控除する専従者はそのうち二名のみとし、それ以外の専従者に支給された給与を給料賃金に振り替えて算出したものをいう。)、所得率(青色申告者に限り認められている特典的な必要経費等を控除する前の類似同業者の調整済所得金額の総収入金額に対する割合をいう。)及びその平均値(少数点以下切り捨て)は、別表三記載のとおりである。

各年分の原告の売上金額に右の類似同業者の平均所得率を乗じて算出した原告の事業専従者控除額控除前の所得金額は、別表一<3>記載のとおりであり、右金額から前記二4(二)の事業専従者控除額(別表一<4>)を差し引いた事業所得の金額は、別表一<5>記載のとおりである。

(5) 収入計算の方法による原告の事業所得金額について

各年分につき、被告が本訴提起までに把握していた別表一<1>記載の原告の総収入金額と本訴提起後に新たに把握した原告の収入(売上げ)金額の合計金額から、原告が本件審査請求に当たり牛島昭三税理士に作成を依頼した総勘定元帳(乙二〇)記載の仕入金額及び原告が確定申告に際し計上した必要経費(ただし、植木仕入代を除く。)を控除し、さらに専従者控除額を控除して算出される事業所得金額がいずれも別表一<5>記載の事業所得金額を大幅に上回ることからも、本件各更正処分は適法と考えられる。

(二) 原告の主張

(1) 被告は、原更正処分前に、原告に対し、五回にわたり、それぞれ異なる所得率及び税額による修正申告を求めていたのであり、被告が右所得率及び税額と、原更正処分ないし本訴における被告主張の所得率及び税額との差異を合理的に説明できない以上、本件更正処分は合理性を欠き、無効である。

(2) 類似同業者の抽出基準について

被告の設定した類似同業者の抽出基準は、次のとおり合理性を欠くものであった。

ア 被告は、類似同業者の抽出基準として、植木販売業を営んでいる者(ただし、a主として一般消費者への販売を行っている者、b造園工事を行っている者、c主として生産販売を行っている者を除く。)を設定した。

しかし、右基準で用いられた「主として」という基準は、あいまいであるから右抽出基準は合理性を欠くものであり、また、植木の卸売販売をしているといっても、生産者から直接仕入れる仲買業者としての卸売販売と右仲買業者から仕入れて工事業者に販売する卸売販売では、業種・業態が異なるから、被告の設定した抽出基準は合理性を欠くものであった。

イ 売上金額についての倍半基準の適用においても、原告のような、生産販売を行う植木卸売業者に対しては、卸売のみの売上金額、生産販売のみの売上金額等を別々に分けて倍半基準を適用する抽出基準を用いるべきだった。

(3) 平均所得率の算定について

ア 通達・回答方式による類似同業者の選定は抽出基準によらず、恣意的に行われたものであった。

イ 平成三年分の類似同業者のうちAは、所得率が他の業者及び他の年度より際だって高く、平成二年分の類似同業者のうちBは、所得率が他の業者よりも、著しく高いので、営業の形態・内容が異なると考えられ、平均所得率の算定に当たってはA、Bを除外すべきである。

(4) 所得率について

原告が所持する資料に基づいて原告の売上げのうち三五・二パーセントに当たる部分(樹木)とこれに直接対応する仕入れについて、仕入金額と売上金額の差益率は、平成元年は、一一・三パーセント平成二年は、九・七パーセント、平成三年は、一一・八パーセントであり、一般経費率二・三パーセントを控除した所得率は、平成元年九パーセント、平成二年七・四パーセント、平成三年は、九・五パーセントであるから、推計のための所得率としては右の値を用いるべきである。

第三当裁判所の判断

一  判断の前提となる事実として、前記二・二の事実、証拠(乙七、一〇ないし一二の各1ないし3、一七の1ないし6、証人神川、原告)及び弁論の全主旨によれば、つぎの事実が認められる。

1  原告は、福岡県浮羽郡田主丸町の自宅の一部を事務所として植木卸売業(生産者販売を含む。)を営む個人で、いわゆる白色申告者である。原告は、仕入れについての支払を口座振込及び現金支払で行っており、手形及び小切手による支払は行っていない。

原告が被告に提出した各年分の各所得税の確定申告書に記載された収入金額は、次のとおりであった。

平成元年分 収入金額 四七〇〇万円

平成二年分 収入金額 三〇五一万九〇〇〇円

平成三年分 収入金額 一五〇〇万七九九〇円

(後記三1のとおり、原告の各年分の売上金額は、少なくとも別表二記載のとおりである、原告はかなりの売上げを除外して確定申告をしたことになる)

2  平成四年九月一四日、神川事務所が原告の税務調査をするために原告に電話で連絡をして、同月一六日に調査のための原告の自宅を訪れることの承諾を得た。

3  同月一六日、神川事務官が調査のため原告の自宅を訪れたところ、倉庫の奥にある事務所に通された。

同事務官が所得税及び消費税の調査に来た旨を告げて、確定申告の基礎となった帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、帳簿はつけておらず、申告はメモに基づいてしたが、メモは既に破棄した旨を告げた。

同事務官が事業についての預貯金通帳等の提示を求めたところ、原告は、福岡銀行田主丸支店の原告名義の普通預金一口分の通帳を提示した。

同事務官が他にも取引口座はあるのではないかとして、通帳の提示を求めたが、原告は、他に預貯金取引はない旨を述べて、通帳を提示しなかった。

神川事務官が原告の事務所の中を調査したところ、事務机の中に使用中の領収書つづり一冊及び簡単なメモ書きを発見したが、その領収書つづりは、ほとんどが破棄されており、控えは数枚程度しか残っていなかった。

(この点について、原告は、その本人尋問において、<1>神川事務官が最初に原告の自宅を訪れた際には、確定申告の際に原告が面接担当者に示した仕入れ及び売上げのメモ、領収書並びに判取帳(甲一九)を示したのにもかかわらず、<2>神川事務官は右判取帳を調査することなく修正申告すべき金額を原告に具体的に告げたと供述している。しかし、証拠(甲一九、乙一〇ないし一二の各3)及び弁論の全主旨によれば、右判取帳に記載された各年分の仕入金額は、確定申告の収支内訳書記載の仕入額よりも、平成元年度分について一三六四万六七九〇円、平成二年度分について一八〇三万四九四〇円、平成三年度分について一五九七万八三〇〇円多いことが認められるから、判取帳が確定申告の際に面接担当者に提示されていたものとは考えられず、判取帳を含む右各書類(ただし、前記認定した分を除く。)を示されたことはないという反対趣旨の乙七及び証人神川の証言に照らすと、原告の右<1>の供述は信用することができず、右<2>の供述についても、反対趣旨の乙七及び証人神川の証言に照らし、これを信用することはできない。)

4  同月一八日、神川事務官は、福岡銀行田丸支店に調査に行き、原告及びその家族名義の普通預金、定期預金の元帳を復元し、同月二一日には、西日本銀行銀行吉井支店に調査に行き、口座記録から判明した取引先及び大手の同種業者に対して、売上げについての照会文書を送付した。

しかし、同事務官は、口座記録から判明した取引先に仕入れについての照会文書を送付していない。

5  同年一〇月一日、神川事務官は、調査のため原告の自宅を訪れ、原告に対し、他にも口座があり、事業用の振込入金などがあった旨を告げて、他の預貯金通帳の提示を求め、原告から住まいの二階にあったタンスの中のバックに保管されていた家族名義等の預貯金通帳九口分の提示を受け、別に一二六万円の現金を確認した。

同事務官は、原告に対し、右預貯金と売上げの関係について説明を求めたところ、原告は、「売上げは故意に抜いていたといわれても仕方がない。」と述べ、同事務官が現金売りに関する領収書控の提示を求めたが、原告は破棄したと答え、神川事務官が仕入れ及び経費の資料を提示するように求めたのに対しても、原告は提示をしなかった。

6  同年一〇月二八日、神川事務官が親戚の不幸で調査に行くことができなくなったため、長岡統括官が同事務官に代わり原告の自宅を訪れ、反面調査の結果を説明して、帳簿書類等の提示を求めたが、原告は非協力的な対応に終始した。

7  同年一一月九日、神川事務官が上司である平見上席調査官と共に、原告の自宅を訪れ、銀行調査の結果を踏まえ、再度預貯金通帳の提示を求めたところ、原告から先に提示を受けた貯金通帳の他に家族名義等の定期預金証書一二口分及び印鑑の提示を受けた。

同事務官が、その実際の預金者は誰であるかを尋ねたところ、原告は、預金者は自分であり、その資金源は、昭和五〇年ころに売却した土地の売却代金である旨の説明をしたが、同事務官から求められた契約書や関係資料の提示はしなかった。

原告は、確定申告に際し売上げを除外していたことは認めたものの、その除外した代金の使途については、明確な説明をしなかった。

8  同月一三日、神川事務官が長岡統括官と共に、原告の自宅を訪れ、所得率検討のために、原始記録の提示を求めたが、原告は決済が終わった時点で処分している旨の説明をした。

同事務官は、原告から調査の結果どのくらいの追徴税額になるのか尋ねられたので、反面調査の結果把握した売上金額を基に、同業者のおおよその所得率を適用した場合の所得金額等をメモ(甲五)に書いて説明したところ、原告は、所得率はそんなに高くないと主張した。

そこで、同事務官は、原告に業態についての説明を求めたが、原告からは具体的な説明はなかった。

9  同月一八日、神川事務官が長岡統括官と共に、原告の自宅を訪れ、同業者についてある程度具体的な抽出を行った結果の所得率を適用し、メモ(甲六)を書いて、所得金額及び税額を説明した。

原告は、生産販売が一割、残り九割が仕入販売だから、そんな所得率ではない旨を述べた。

10  平成五年二月四日、神川事務官が長岡統括官と共に原告の自宅を訪れ、同業者を見直し検討した所得金額、所得率及び税額等をメモ(甲七)に書いて説明したが、原告は、所得率はこんなにないので、修正申告はしないと述べるだけで、具体的な説明をすることはなかった。

同事務官は、同月八日ころが修正申告をするかどうかの回答期限であると告げた。

11  同月二二日、原告から平成二年分及び平成三年分の取引先八件の仕入れに関する証明書が提示されたが、仕入金額は合計で五八五万七四六〇円であり、原告の取引先の一部にすぎなかった。

12  被告は、原告に対して平成五年三月二日付けで原処分をした。

二  争点1(調査手続の違法性及び推計の必要性)について

1  調査手続の違法性について

原告は、神川事務官は、原告が提示した売上げ及び仕入れに係る取引先の証明書を無視し、売上げのみを調査し、仕入れについては全く調査しておらず、同事務官が原告宅をはじめて訪れた平成四年九月一四日以前に被告は原告の金融機関を調査した上、あらかじめ原告が修正申告すべき金額を決めて原告の調査に臨んでいたから、右手続は違法であったと主張する。

確かに、前記一4のとおり、神川事務官は、金融機関の口座記録から判明した取引先に対し、原告の仕入金額についての調査を行っていないが、前記一1のとおり、原告は仕入れについて口座振込による支払の他に現金による支払を行っていたところ、神川事務官の求めにもかかわらず、原告は仕入先及び経費に関する説明をしておらず(判取帳を神川事務官に示したという原告の本人尋問における供述が信用できないのは前述のとおりである。)、平成五年二月二二日になって、取引先の一部についての仕入れに関する証明書を提示したにすぎないのであるから、神川事務官が口座記録から判明した取引先について原告の仕入金額についての調査を行わなかったことをもって被告の調査が違法であるということはできない。

また、原告は、その本人尋問において、神川事務官が原告と初めて会った平成四年九月一六日以前に、農協の竹野支所から税務署が原告の調査に入っているという連絡があったと供述するが、これを裏付ける証拠はない上、仮にそのとおりであったとしても、それだけでは、被告が平成四年九月一六日以前に原告の他の金融機関の口座の記録を調査していたことを認めるに足りる的確な証拠がないことからしても、被告が調査に当たり原告の事業所得金額につき予断を抱えていたと認めることはできない。

したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

2  推計の必要性について

前記一の事実経過によれば、原告は、神川事務官に対し、所得に関しての具体的な説明や所得を算定するに足りる帳簿書類の提示もせず、同事務官ないし長岡統括官に対し、調査に非協力的な態度をとり続けたものといわざるを得ない。

したがって、被告主張の推計課税の必要性を認めることができる。

三  争点2(推計の合理性)について

まず、本訴における実体上の審判の対象は課税処分によって確定された税額の適否であり、被告は、原更正処分時に考慮された事由に拘束されることなく新たな事実を主張することができるから、原告主張のように、被告が原告に対し原更正処分前に五回にわたり、それぞれ異なる所得率及び税額による修正申告を求めたことがあったとしても、それだけでは、本件更正処分の推計の合理性が否定されるとは解されず、この点についての原告の主張は採用することができない。

次に、一定の事業を営む者の事業所得金額を実額によって把握することができない場合に、合理的な基準によって抽出された類似同業者の平均所得率を用いて実額で把握された総収入金額から事業専従者控除額控除前の所得金額を推計することには、合理性があるというべきであり、右推計のための原告の総収入金額及び平均所得率についての判断は、次のとおりである。

1  総収入金額について

別表二記載(安倍典男に関する部分を除く。)の売上げが原告の収入金額に含まれることは当事者間に争いがなく、同表の安倍典男に関する部分が原告の売上げであることは、証拠(乙八、九)により認められるので、推計のための各年分の原告の総収入金額は、同表合計欄記載のとおりである。

2  類似同業者の抽出基準

(一) 証拠(乙一ないし三の各1ないし5、四の1ないし7、八、証人福岡)によれば、次の事実が認められる。

(1) 第一回目の類似同業者抽出基準について

被告は、類似同業者を抽出するために、所得税の確定申告書を提出している者のうち、前記第二・三2(一)(2)アないしカのすべてに該当する者という基準を設定して、原告の事業所を所轄する久留米及びその近隣の八女、甘木、大川、鳥栖の各税務署長らに対し、平成七年一一月八日付けの福岡国税局長からの通達を送付して類似同業者の回答を求めたところ、該当する同業者はいないとの報告を受けた。

(2) 第二回目の類似同業者抽出基準について

被告は、前記(1)のとおり、類似同業者を把握することができなかったことから、前記第二・三2(一)(2)のオを、前記第二・三2(一)(3)のオのとおり変更して、平成七年一一月二七日付けの福岡国税局長からの通達を送付して再度類似同業者の回答を求めたところ、該当する類似同業者が平成元年分については二名、平成二年及び三年分については四名把握された。

(二) 被告の採用した類似同業者の抽出基準の合理性について

(1) 原告は、前記第二・三2(一)(2)アの「植木販売業を営んでいる者(ただし、a主として一般消費者への販売を行っている者、b造園工事を行っている者、c主として生産販売を行っている者を除く。)」との抽出基準について、右acの「主として」という基準は、あいまいであるから右抽出基準は合理性を欠くものであり、また、生産者から直接仕入れる仲買業者としての卸売販売と右仲買業者から仕入れて工事業者に販売する卸売販売では、業種・業態が異なるから、被告の設定した抽出基準は合理性を欠くものであったと主張する。しかし、原告の売上げに占める小売(一般消費者への販売)あるいは生産販売の割合については、前記一9のとおり、原告は、神川事務官に対して、生産販売の割合は一割で残りは仕入販売であると述べてはいたものの具体的な資料を提示しておらず、また、原告の実際の売上げに占める具体的な小売あるいは生産販売の各割合を認めるに足りる的確な証拠もない反面(原告が、その本人尋問において、小売はほとんどなく、生産販売が五ないし七パーセントであると供述するにとどまる。)、被告としては、一般的に卸売業者においても、その売上げには、小売によるものも多少混在しているのが通常であり、原告がある程度の畝場を有し生産販売も行うものと認識していたこと(証人福岡、弁論の全趣旨)からして、被告が生産販売及び小売の売上げに占める割合を具体的に特定しないで、右acの「主として」という基準を用いたことは不当とういうことはできないし、証拠(証人福岡)によれば、植木販売業を営んでいる青色申告者から確定申告の際に提出された決算書によって、全売上げ中の卸売と小売の割合あるいは仕入販売と生産販売の割合を判断するのは極めて困難であることが認められるので、右acの「主として」という基準は、合理的であるというべきである。

そして、植木の卸売販売に関し、個人生産者から直接仕入れる仲買業者としての卸売販売と仲買業者から仕入れて工事業者に販売する卸売販売での所得率が異なることを認めるに足りる的確な証拠はないから、原告の類似同業者を選定するに当たって、被告が右各卸売販売の業態を異なったものとしないで前記第二・三2(一)(2)アの基準を用いたことも合理的であるというべきである。

(2) また、原告は、前記第二・三2(一)(3)オの売上金額についての倍半基準の適用においても、卸売のみの売上金額、生産販売のみの売上金額等を別々に分けて倍半基準を適用する抽出基準を用いるべきだったと主張するが、前記(1)のとおり、前記第二・三2(一)(2)アの抽出基準が合理的であるのと同様の理由により、当該業者の総収入金額をもって倍半基準の適用をする前記第二・三2(一)(3)オの基準も合理的であるというべきである。

(3) したがって、類似同業者の抽出基準の合理性を争う原告の主張はいずれも採用することができず、前記(一)の抽出基準は、原告と業種が同一であり、営業地域及び営業規模が類似し、年間を通じて継続した事業を営む青色申告者を選定するものとして合理的である。

3  平均所得率の算定について

(一) 類似同業者の平均所得率

前記2(一)(2)により、抽出した類似同業者の各年分の売上金額、調整済所得金額、所得率及びその平均値(少数点以下切り捨て)は、別表一記載のとおりである。

原告は、本件の通達・回答方式による類似同業者の選定は、抽出基準によらず恣意的に行われたものであり、甲八(原告の同業者に対する被告作成の平成五年七月二九日付け異議決定書)記載の同業者Aは、平成元年分の総収入金額が前記第二・三2(一)(3)オaの抽出基準に該当し、平成元年の類似同業者に選定されるべきであったと主張する。

しかし、右同業者Aが、第二・三(一)(3)オa以外の前記第二・三2(一)(2)アないしエ、カの抽出基準のすべてに該当することを認めるに足りる証拠はなく、本件通達・回答において、右同業者Aが故意にあるいは恣意的に抽出されなかったことを窺わせる証拠はない上、右同業者A(平成元年分の所得率は六・七五パーセント)を平成元年の本件類似同業者として選定していたとしても、原告の平成元年の平均所得率は七パーセントと変わらなかったことに照らすと、右同業者Aに関する事情をもって本件通達・回答による類似同業者の選定の合理性を否定するのは相当でなく、他に本件類似同業者の選定が恣意的に行われたことを認めるに足りる証拠はないので、原告の主張は採用できない。

(二) 類似同業者の平均所得率の合理性について

原告は、平成三年分の類似同業者のうちAは、所得率(一八・九四パーセント)が他の業者及び他の年度より際だって高く、平成二年分の類似同業者のうちBは、所得率(一五・六七パーセント)が他の業者よりも、著しく高いので、営業の形態・内容が異なると考えられ、平均所得率の算定に当たってはA、Bを除外すべきであると主張する。

しかし、類似同業者Aの右所得率については、別表三のとおり、類似同業者Bの所得率が平成三年分について一三・六〇パーセント、平成二年分については一五・六七パーセントであり、類似同業者Bの前記所得率については、同表のとおり、B自身の平成三年分の所得率のほか、A(平成三年分)、C(平成二年分)、D(同上)の所得率が存在し、これらの事実に照らすと、同業者A、Bの所得率に平均値による推計を不合理とするほどの偏差があるとはいえず、同業者A、Bが原告の業態と著しく異なったものであることを窺わせる証拠もないので、この点に関する原告の主張は採用できない。

したがって、別表三記載の平均所得率は、合理的なものというべきである。

(三) 原告の主張する所得率について

原告は、仕入れと売上げが直接対応する部分(樹木)についての仕入金額と売上金額の差益率を計算すると、平成元年は一一・三パーセント平成二年は九・七パーセント、平成三年一一・八パーセントであり、右差益率から一般経費率二・三パーセントを控除した数値を所得率とすべきであると主張し、右主張に基づく申請人事業の粗利益のまとめと閲覧請求と題する文書(甲二一)を援用する。

しかし、右文書及び弁論の全趣旨によれば、右差益率は、平成元年分の売上げ二九九二万二二五四円、平成二年分の売上げ二二九九万〇六三九円、平成三年分の売上げ一四二一万三九三八円について、売上げと仕入れが対応したとして、原告が算出したものであることが認められるが、そもそも右売上げは前記1の売上げの一部(原告の主張によれば全体の三五・二パーセント)にすぎず、売上げと仕入れが対応するとする点を裏付ける請求書及び納品書等の証拠もない。

また、一般経費率二・三パーセントも、証拠(甲八)によれば、原告とは事業規模の異なる同業者の平均所得率と原告のそれとを一致させるべく逆算して得られた数値であると認められ、根拠不十分である。

そうすると、原告の主張する所得率は、合理性において被告主張のそれに優るということもできないので、これを採用することはできない。

4  事業所得金額の算定について

前記三1の各年分の原告の総収入金額に、前記3(一)の類似同業者の平均所得率を乗じて算出した原告の事業専従者控除額控除前の所得金額(少数点以下切り捨て)は、別表一<3>記載のとおりであり、右金額から前記第二・二4(二)の事業専従者控除額(別表一<4>)を差し引いた事業所得の金額は、別表一<5>記載のとおりとなる。

右事業所得の金額は、いずれも前記第二・二2(四)の本件更正処分における事業所得の金額と同一である。

5  収支計算の方法による原告の事業所得について

証拠(甲二〇、乙一〇ないし一三の各3、一三の1ないし9、一四の1ないし6、一五の1、2、一六の1ないし16、原告)及び弁論の全趣旨によれば、各年分につき、被告が本訴提起までに把握していた別表一<1>記載の原告の総収入金額と本訴提起後に新たに把握した原告の収入(売上げ)金額の合計金額から、原告が本件審査請求に当たり牛島昭三税理士に作成を依頼した乙二〇(総勘定元帳)記載の仕入れ金額及び原告が確定申告に際し計上した必要経費(ただし、植木仕入代を除く。)を控除し、さらに専従者控除額を控除して算出される事業所得金額が、いずれも別表一<5>記載の事業所得金額を上回ることが認められ、右事実によっても、前記認定判断した推計方法の合理性が裏付けられるということができる。

第四結論

以上によれば、本件更正処分及び本件賦課決定処分は、いずれも適法であって、右各処分の取消しを求める原告の請求は、いずれも理由がない。

(平成一〇年七月二七日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 田中哲郎 裁判官 古財英明 裁判官 奥山豪)

別表一 (被告が本件訴訟において主張する所得金額等)

<省略>

別表二 (売上金額一覧表)

<省略>

別表三 (類似同業者の売上金額、調整済所得金額、所得率及びその平均値)

<省略>

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